じゃり、と小石が擦れて崩れる音に三郎は顔を上げた。
白い足、黒い布、黒い髪、右手には紅色の傘、左手には白い布を巻いた殺人道具。その出で立ちで、それがであると三郎の脳は即座に判断を下した。



「そっち、行ってもいいですか。」


高くもなく低くもない声は雨の中でもぶれることなく三郎に届き、煩わしい筈の雨が、歌声に乗せる伴奏であるかのような錯覚を起こさせる。


「どうぞ・・・汚れないように気をつけて下さい。」


許可が下りたことで妙な色のバランスは近づいてくる。遂に三郎の隣まで来るとしゃがみ込んで、無秩序に広げられたように見える部品の中から一つを選んで指で摘んだ。


「これは・・・何に使うんですか?」

「今は、大砲を乗せ運ぶための車を作っています。それは車輪と台部分とを接合する時に使うものですよ。」

「なるほど。」


が摘んで物珍しそうに眺めている小さく歪な形をした部品には、正確には更なる特徴があり勿論名前もついているのだが、話下手な自分は説明し出すと長くなるのではという不安から三郎は簡単な言葉しか返さなかった。上司に対して説明を省くのは逆に失礼にあたるのではとの考えも頭をよぎらないでもなかったが、はさして気にするでもなく納得したようで、部品を元の場所に戻した。


「これ全部を使って、あの台車が?」

「そうですね、まだ多少足りないところはありますけど・・・」

「・・・よくこれだけの部品と工具を扱えますね・・・間違えたら大変なんでしょう。」


私なんてコレと包丁ぐらいしか使えないのに、と、は笑った。俺はコレらが使える代わりにソレや包丁は使えませんよ、と、三郎も笑った。


「雨降ってますよ、戻らないんですか?」

「あと少しで一段落しますから。幸い、雨に弱い物はここにはありませんし。」

「三郎さんが風邪を引いてしまいます。」

「そうなる前には戻ります。」


そうですかと返してから三郎の横顔を一瞥して、は左手で地面に突き刺すようにして支えていた薙刀を二人の目の前にそっと横たえた。近くで見ると白い布は雨と埃で所々薄黒く変色していた。


「これなんだけど・・・大きいから、持ち運びにちょっと不便なんです。この柄の部分を、収納式か折り畳み式に出来ればなぁと思うんですが・・・」

「そうですね、確かに不便そうだ・・・」


柄を丹念に掌で触り目を細めて観察をしながら、急ぎますかと三郎は尋ねた。


「いいえ、特には。刀も使えますから。」

「三日・・・いえ二日あれば何とか出来ますよ。」

「本当ですか?」

「本当ですよ。」


些か驚いた様子のに三郎は笑って繰り返した。


「ではお願いします、雨が上がってからで構いませんから・・・あ、それから。」

「まだ何かありますか?俺に出来ることなら、まとめてやってみますよ。」

「いえ、まぁ・・・これなんですけどね。」


は傘を見上げた。広がるのは目に痛いほどの赤。


「傘って・・・ないよりはマシなんですけど、不便じゃありません?必ず片手は塞がるし、足元は濡れるし、風が吹けば体も雨に晒されるし・・・何とかならないかなぁ、って。」


「あぁ・・・言われてみれば、確かにそうですねぇ。」


はた、と動きを止めてを見れば、先程まで傘を見上げていたはずのは笑顔で三郎を見つめていた。


「えぇ?いや、さすがに、これは・・・どうでしょう・・・」

「無理ですかねぇ。」

「さぁ・・・改造、というよりは代替物の製造に近いですからね、上手く案が浮かぶかどうか・・・」

「私もそうですけど、晋助がね。私以上に物ぐさで。めんどくせぇとか何とか言って、傘をさそうとしないんですよ。」


鬼兵隊総督の名を出されては仕方ない、と、三郎は困ったように笑った。彼には恩があり、そして惹かれているのだ。
例えばそう、鬼のように強い彼が、戦うことを得意とせず劣等感さえ抱いている自分の前に姿を見せるときは、出来るかぎり返り血を落としてからにしている、というような優しさに。


「戦が終わったら、一番に作って貴方たちに差し上げに行きますよ。」

「ふふ、ありがとうございます。」


楽し気に笑っては立ち上がった。


「さて・・・では戦を早く終わらせるためにも、まずはその薙刀をよろしくお願いしますね。」


軽く頭を下げるとは部品がこれ以上濡れないようにと持っていた傘を置いて、雨の中、砂利をものともせず天幕へと駆け戻って行った。




戦がこの二人の予想を裏切る形で終焉を迎えたのはもう随分前のこと。傘の姿は、今もあの頃と変わらない。