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崇高な思想を邪魔するなとか意図の張り巡らされた戦略を邪魔するなとか要するにお前のような女は邪魔なのだとか黙っていれば好き勝手言ってくれたものだ。言葉に発した男たち全員も全員がその崇高な思想の持ち主とやらの視界にすら入れないのだから全く溜息も吐きたくなる。 それらは男に振り向いてもらえない代わりに恋人の立場の女を攻撃する性悪女の嫉妬にも酷似している。高杉晋助を語ってくれるなとは思わないが彼を崇めるが故の嫉妬心を自分に向けてくれるなとは思う。 とはいえそんな悠長な皮肉を思い浮かべている暇もない。こんな夜に出歩くべきではなかったと後悔してももう遅い。タイミングが悪すぎる、如何せん今日は血液が足りないのだ。下腹部と腰の痛みも尋常ではない。こんな日は柄にもなく自分の性が嫌になる。 ほんの少し食料を買い足すために閉店間際のスーパーに駆け込むぐらいなら何てことはなかった筈なのに。 始めはまだ良かった、しかし相手の人数は思った以上に多く、雑魚は雑魚でも切り殺すために動き回ることだけでも今のには十分堪えた。 (ほんと、腹立つ・・・!) 薙刀を振り回すも徐々に動きが鈍くなっているのが自覚できた。 死神だ、心してかかれ、やはり強いと始めこそ狼狽していたどこぞの攘夷志士の集団は、の動きが目に見えて鈍くなり始めると途端に士気を盛り返した。 たかが女一人を仕留めるために男が30人?攘夷志士も落ちたものだと鼻で笑うも、遂には地に膝をついた。 「今だ、仕留めろ!」 リーダー格の男が叫ぶと同時にわっと声が上がった。しかしその中で一際耳に届いたのは歓声ではなく悲鳴。気付いた数人の男が即座に後ろを振り向くも、振り向きその姿を確認した瞬間が最期の瞬間となった。 「な、何者だおま」 口々に尋ね突然舞い降りてきた人間に刀を向けようとするも、言葉一つ発するより、傷一つ負わせるより先にを襲った男たちは倒れていく。先程まで士気も最高潮だった集団は今では恐怖に支配された。 突然屋根から舞い降りたそれは男とも女とも見分けがつかなかった。赤い着物をはためかせ次々と命を奪う様は舞のように美しくそこだけがまるでこの世から切り離された舞台のようだ。顔を般若の面で覆い隠した姿形が余計に錯覚を助長する。 「貴様ァ、我らが計画を邪魔する者は例え鬼であろうとも許さん!!」 「邪魔、ねぇ・・・生憎、俺ァ売られた喧嘩を買っただけのつもりなんだがな。」 刀を向けられているにも関わらず、鬼は愚民の血を落とすために自らの刀を振ってから鞘に収めた。異形退治を為そうとする男はそれでも腕が震えるのを止めることが出来ない。 全く人間ってぇのは情けねぇなと御巫山戯の台詞を口にしながら、薙刀を支えに辛うじて倒れこまずに座り込んだ状態を保っているの前に鬼は膝をついた。 「し、ん、」 「クク、折角こんな洒落た演出してやってんだ、名前なんざ呼ぶんじゃねぇよ。興醒めだ。」 ソレは自分でしっかり持ってろよと口にしてから鬼は息の荒いを右肩に担ぎ上げた。相変わらず鬼に刀を向けたままの男ははっとして待てと叫んだ。 「その死神を置いて行け!」 「馬鹿言ってもらっちゃァ困る。折角黄泉の世界から共に現世に這い上がってきたんだ・・・死神だけを先に黄泉に返すほど鬼は薄情じゃねェよ。」 その恐ろしい顔には似合わぬ楽しげな笑い声を残して、鬼はその舞台を去った。 翌日、珍しく日が高くなっても目を覚まそうとしないの傍で高杉が時間を持て余していると、突然開いた襖から珍しい客人が顔を見せた。 「よォ、ヅラ。」 「ヅラじゃない、桂だ。・・・その様子だと、は怪我に臥せっているわけではなさそうだな。」 「あぁ。女ってのは色々と大変らしい。」 まぁ座れやと、高杉はの布団を挟んだ向こう側を顎でしゃくった。邪魔をすると一言断ってから指定された場所に腰を降ろすと、桂は箪笥の上に見慣れない面を見付けた。 「・・・その面、やはりお前だったか。」 「あぁ、それか・・・昨日たまたま趣味の悪ィ出店を見つけてな。異形を象ったものばかり売ってたのが面白くて買った。」 「ではやはり、昨夜『死神を連れ去った鬼』とはお前のことだったか。」 「何だ、もうお前のところまで話が回ってんのか。」 さすが噂は早いモンだと、呑気な声とは裏腹に高杉は目を細めた。 「昨夜を襲った一派とはうちとも関係があってな・・・本人たちは同盟を組んでいたつもりだったらしいが、俺はそろそろ潮時だと考えていた。」 「ほォ、お前があんな奴等とつるむとはなァ。」 「奴らの中に一人、武器商人の息子がいてな。何かと役には立っていたんだが、頭が悪すぎた。」 迷惑そうに首を横に振った桂に、高杉は全くその通りだと返した。恐らく昨日逃げ帰ったうちの一人が桂に報告ついでに『死神抹殺計画』についても話したのだろう。まだ日も昇りきっていないような時間だが、既に今日桂は人を殺めた筈だと高杉の直感が告げた。 桂と高杉の率いる一派は仲間や同盟といった生温い関係を築いてきたわけではないが、敵対してきたわけでもない。利害が一致すれば共に動く、そういう関係がだらだらと続いている。 どちらにせよ、甚だしい勘違いと傍迷惑な暴走でを殺めようとした男を桂が放っておく筈は無いのだ。 「に侘びを入れるつもりで来たのだが・・・この様子ではまだ起きそうもないな。」 「てめぇが詫びることでもねーよ。ま、此処に来たことは伝えといてやる。」 高杉は立ち上がって般若の面を手に取り桂に投げて寄越した。 「折角だ、てめェにやる。」 何が折角なのかはわからないが、恐らく高杉の興味がこの面からなくなってしまっただけで深い理由もないのだろう。そうか、ならば頂戴するとしようと桂は面を懐に仕舞い立ち上がった。 「安心するべきか、否か・・・」 守るものなどない獣に成り下がったかと思っていたが、やはりそうではなかったか。しかし守るために、自らが人であるというだれもが守りたがる最後の城さえもあの男は捨ててしまえるのだろうか。 鬼の面を己に寄越したのは、こんなものがなくとも鬼になれるのだという示唆か――― |