―――何とも、不思議な生活であった。



あれから一ヶ月、ターレスは一度もを部屋からは出していない。

一度彼の目的を問うてみたものの、

「ならお前は何故逃げようとしない?」

そう皮肉に返されただけ。


(そんなの、聞くまでもないじゃない。)

逃げようとしないのではない。
逃げることが、出来ない、のだ。


だから、にとってそれは至極当然のことであった。
どんなに足掻いても抗っても彼に敵うことのないが今もターレスの下で生を営んでいるのは―――至極、当然のことであった。





***





「ねぇ。」

は、一度たりともターレスに心を許したことはない。
あわよくば彼の首を撥ねてさえやろうと、その体はいつもどこか殺気に包まれている。

だから、例え二人が向かい合い食事をしながら会話をしているという状況下に置いても、そこには甘い空気などほんの隙間ほども流れていない。

「いい加減、放してくれないかしら。」
「無理だな。」
「・・・・貴方、何が望みなの?」
「望み?・・・・・・・生憎そんなものは持ち合わせてねぇな。」
「なら、どうして、殺さないの?」


ほんの一瞬だけ、ターレスが動きを止めたように見えた。


「・・・・・・・・さぁ、な。」
「いい加減にしてよ!こっちだって限界なのよっ、いきなり星を潰されてみんな殺されてこんなとこに連れて来られて……!!」

目の前の男を睨みつけるの拳は震えていた。



「・・・・理由なんかねぇさ。」


そっと手の甲で頬を撫でられ、はびくりと震えた。



「お前には・・・・選ばれた者として産まれその道を歩んできたお姫様のお前には、わかんねぇのかもな。」



ターレスはそのまま立ち上がり部屋を出て行ってしまった。

「・・・・・・何て顔、するのよ・・・・・・・・・」



それはまるで、笑いながら泣いているような。






***





あの日から三日間、ターレスがそのまま任務へ赴いている間、はまさにその感情を持て余していた。
逃げるならターレスがいない今しかないとわかっていながら、何故かこの部屋から出ることが出来なかった。

ふとした瞬間に浮かぶあの日のあの彼の表情を、未だに消し去ることが出来ない。

「最悪・・・・・」

その感情から目を背け愚鈍なふりをするには、はあまりにも聡明すぎた。
その感情を受け入れてしまうには、はあまりにも誠実すぎた。

(最悪、最悪、最悪!!)

何が、かはわからない。
けれど、それまでの生の全てを賭けて、確かには何かに抗っていた。













『緊急事態発生、緊急事態発生。』

その夜、突然鳴り響いた警報には白いベッドの上で瞳を開けた。

『―――、第七経路より脱走中。繰り返します。緊急事態発生、緊急事態―――』

掴んだ服の下で、確かに鼓動が早くなる。

「・・・・行かなきゃ・・・・」
何故かはわからない。何処へかはわからない。
けれど、ここにいてはいけないような気がした。

しかし重い鉄でできたドアは堅くロックされていて簡単には開きそうもない。

「窓しかないわね・・・・」

ぐ、と掌に込めた力を窓に向かって放った。






***





ターレスもまた、目に写らない何かに翻弄されている自分を感じていた。

(めんどくせぇ・・・・)

初めから、何かがおかしかった。
いずれただの気の迷いや気まぐれとして処理されるはずのその感情は、寧ろ日に日に強くなっていった。

それは恐ろしいほどに澄んだ存在に思えて、全てを壊したいと思いながら、しかしそれは何者にも汚せぬ存在であるともわかっていた。

「覚悟してろよ・・・・」

追手の攻撃を交し船を奪いながら、底抜けに澄んだ瞳を思い出した。





***





壊した窓から入り込む冷たい風がの髪を撫でる。
惑星ベジータは、その文明の発達故に夜も光が途切れることはない。
おかげで、こんな真夜中でも何が起きているのか伺い知ることができる。

(船・・・・?)

人の手により作り出された地上の光を全て吸い込むかのような黒い空に佇む一隻のそれは、はっきりとは見えないが、恐らく。



「タ・・・・レス・・・・・・?」



呟いた瞬間、上空の彼と確かに目が合った気がした。





逸らさなければいけない
これ以上あの瞳に囚われてはいけない

深淵は、覗き込む愚かな者をその深淵で見つめ返しその深淵に引きずり込んでしまうから。

「―――っ、」


――もう、遅い。


鼓動が高鳴る。
鼓膜が破れそうなほどに警報が鳴り響く。
頭の中で沢山の声が責め立てる。
ターレスが、自分を、呼ぶ。


、来い!」
「な・・・・何、言って・・・・・」


だって彼は、自分の星を制圧した憎き敵で
自分が愛していたものは、そのあまりにも多くが彼に壊されてしまって。




は、それが良くないモノであることを知っていた。
は、それが母国への何よりの裏切りであることを知っていた。
は、それは最も忌むべき、決して許されることのない、許されてはならない感情であることを知っていた。

(最悪・・・・っ)


―――は、その感情を抱いてしまった自分に気付いていた。


あの瞳に吸い込まれた自分はもう二度と白には戻れない。
あの掌の暖かさを知ってしまった自分は
あの強さを知ってしまった自分は、もう、二度と。



!」


いつのまにかこんなにも近くに来ていた船から、ターレスの手が差し出される。

この手を取ってはいけない、取ってはいけない、取ってはいけない
それは、愛した人たちへの裏切りだから。







「・・・・・最悪!!!」






それは、罪人を救う蜘蛛の糸ではなく
確実に地獄へと続く扉。


扉の中は絶望や罪悪感や涙でいっぱい。

―――それでも。


「あんたのせいで、地獄の花嫁決定じゃない・・・・・っ」


抱き止められた腕の中では涙を流しながら呟いた。







行き着く先は、この世で最も幸福な地獄。







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鳳凰白夜様より頂いた1000番リク、「タレ夢シリアス最後はハッピーエンド」でした。
は、果たしてこれをハッピーエンドといえるのかどうか・・・!!
久々に短編でシリアスを書けて楽しかったです。
少しでも白夜様のお気に召せば幸いです。

鳳凰白夜様、キリリク本当にありがとうございました!!