(あ・・・・雨。)

慌てて近くの軒下に入って空を見上げた。灰色に覆った雲は分厚く、暫くは雨が止まないことを示していた。

(どうしよう、早く帰らないと、)

でも、雨の中帰ったら買った荷物も濡れてしまう。おつかいに頼まれたものだから、それは、駄目だ。


(困ったな・・・)


荷物を両手で抱えて空を見上げながら、一つだけ溜息を零した。








(あ、子ども。)

同じように突然の雨に慌てた子どもが、ばしゃばしゃと音を立てながら走って行く。きっと家に帰るんだ。大人はみんな傘を差して、綺麗な着物のお姉さん、商売人らしい中年の男、みんなが足早に目の前を通り過ぎていく。
ばしゃばしゃ、ばしゃばしゃ。確かにすぐ傍で音はしてるのに、雨のフィルターのせいで、随分と遠くに思えた。


「お嬢ちゃん。」

「っ!」

突然目の前に男の人が現れて吃驚した。きっと、幕府の人なんだ。国に仕える人のための服をきっちり着て、私と目線を合わせるために屈んでいた。

(だ、誰?)

「傘、持ってないの?」

頷いた。

「お迎えの人は、来る?」

少し迷ったけど、首を横に振ったらこの人に悪いような気がして、もう一度頷いた。

「そっか・・・じゃぁ、これ。」

抱えた荷物の上に、綺麗な紙で包まれた飴玉が一つころりと置かれた。

「口が不自由みたいだけど・・・物が食べられないわけじゃないよね。」

お迎えが来るまでの暇つぶしだよ。


男の人は私の頭を撫でて、そのまま行ってしまった。


(・・・・ありがとう、お兄ちゃん。)

声には出せないから、心の中でいっぱいお礼を言った。








「・・・・おい。」

空を見ているのにも目の前を通り過ぎていく人たちを見ているのにも飽きて、雨が打ちつけられる地面をじっと見ていた。
細い足が私の方に向かってくるのが見えた。その足が私の目の前で止まったところで、頭の上から声が降ってきた。フィルターなんてかかってない、はっきりと聞こえる声。
その声が私にかけられているんだと気付いて顔を上げると、そこにいたのは、

(た、高杉くん、)

「雨降ってきたけど、お前は傘持ってってないだろうから持って行ってやれって、しょーよー先生が。」

そう言うと高杉くんは私が抱えていた荷物を右手に持って、左手で私に一本傘を渡してくれた。そして空いた左手に今度は自分の傘をさして歩き出した。


「何やってんだ、帰らねーのかよ。」


五歩進んでも後ろを歩き始めない私に気付いた高杉くんが振り返って言った。私は慌てて高杉くんが持ってきてくれた傘をさして、彼のところまで少し小走り。



(ありがとう、って・・・言いたいのに。)

父母を亡くした日から、私の喉は一向に治る気配を見せなかった。どこも痛くなんてないのに、声が出ない。先生は「時間が経てば出るようになるよ」と言ってくれたけど、こんな時、自分が凄くいやになる。

私は私の一歩先を歩く高杉くんの着物の裾を掴んだ。

「何、」

「(あ、り、が、と、う、)」


声にはならなかったけど、少しでも伝わって欲しいと、口を動かした。高杉くんは少し吃驚してたけど、すぐにまた前を向いて歩き出した。


「・・・・構わねーよ、別に。」


(伝わった!)


私は嬉しくて笑顔を零す。


「喉が治ったら、またちゃんと言いに来いよな。」


ぶっきらぼうに放たれた言葉になんだかもっと嬉しくなって、声が出るようになったら一番に高杉くんにお礼を言いに行こうと小さな胸に決心した。





(私がまだ敵も味方も知らなくて、でもちゃんと高杉くんの優しさは知っていた頃のお話。)