そんな風に笑わないで下さい



突然の赤い弾丸、来島また子の悩み相談に、鬼兵隊総督、身内からは鬼と称され敵からは獣と称される高杉晋助は珍しく閉口した。鬼兵隊をより強固な組織とするための案を武市と議論した後、高杉は部屋から出たところをまた子に捕まったのだった。



「・・・そう、見えるか。」

「あんな風に、笑わなくてもいいんス。アタシなんかのために、あんな風に笑ってくれなくたって・・・」


泣いてくれたって怒ってくれたって、八つ当たりしてくれたっていいっス。あの人は、晋助様の前なら綺麗に笑えるって知ってます。だからアタシの前では笑わなくたっていいんです。
船の下に広がる街を見下ろしながら紫煙をふかす高杉の隣で、また子の頭は徐々に重力に逆らう力を失っていく。どうしてそんな風に笑うの、どうして無理に笑うの。そんな泣きそうな顔で笑わないで下さい。


「おめーに心配をかけたくねぇだけだろ。」

「わかってます、わかってますけど、そんな気遣い、アタシには大きすぎて・・・」


さてどうしたものか、それは言葉にはせず紫煙に乗せて吐き出した。まさか自分がこんな悩み相談を受けるハメになるとは。わからないわけではないのだ、また子の言い分も、の考えも。恐らく似蔵や武市では浮かびもしなかった悩みだろう。

来島また子はその若さからか、良くも悪くも鬼兵隊の中でも最も感情表現が露骨だった。また子は高杉は主として言ってしまえば神に近い存在として、のことは半ば母や姉としていっそテロリストとは思えないほどに純粋に慕っていた。あまりにも真っ直ぐに、純粋に、明け透けに。
高杉はまた子がや自分に向ける感情を知っていた。それはかつて、自分ももある人物に対して強く抱いていた感情と何ら変わらない。


「家族みたいに、なんて甘いこと言いません。無理して欲しくないなんてことも言いません。でも、アタシのために無理はして欲しくないっス・・・・」




(めんどくせェ・・・・)



いっそ突き放してしまえばいい、も高杉も。あんたなんか知らない、んなこと俺に相談されても困る。若さとは恐ろしいものだ、殊に彼女の場合は。あまりにも似すぎているのだ。彼女の感情はあまりにも身に覚えがありすぎる。ましてまた子は過去の自分たちなどよりずっと感情表現豊かなものだから、余計に過去の感情を駆り立てられて仕方が無い。
高杉はに対するまた子を見ていると、時に懐かしささえ感じるのだ。


「アイツは・・・は、器用なようでもただの人間だ。殊に感情なんてもんに関しては、上手くどうこうできる奴の方が少ねェ。それだけテメェが大事にされてるんだと思っときゃいいんじゃねぇの。」

「アタシ、余計負担になってないっスかね・・・・」


さぁ、それはどうだか。高杉本人にも図りかねる部分だった。彼女が過去の思いを掘り返されることを厭うならば負担だろうが、邪険にせず例え無理にでも笑顔を浮かべているのだから少なくともまた子自身が厭われているわけではない。
そこに気付かないのもまた若さと崇拝や思慕の感情故だ。もっと頼って欲しい、もっと役に立ちたい。そればかりに邪魔されて、真意を読み取ることが出来ない。

恐らくはも戸惑っているのだ。かつて自分が『あの人』に向けた感情を今度は向けられる立場になってしまったから。まして自分たちはその彼への感情を大きな起点とした戦いの最中に未だ身を置いているのだから尚更。その感情を他人から向けられるほどに自らが成熟したなどとは到底思えない、寧ろあの人が生きていたら、自分たちもまた子と大差ない思いを抱いていただろう(さすがにここまでストレートにぶつけることはしないだろうが)






「そんなに気になるんなら、直接アイツに聞いてみろや。」




聞いたところで、返ってくるのは例の困ったような泣きそうな笑顔というやつだけだろうけれど。それは言葉にはせず、唸っているまた子を置いて高杉は踵を返した。


もしもあの戦争がなかったら、もしもあの戦争で勝っていたら、もしもあの戦争で負けた時に戦いから身を引いていたら、また子から向けられる感情にあの人のような綺麗な笑顔を返すことが出来たのだろうか。
―――本当はあの師の笑顔だって、その多くが自分たちのために半ば無理に作られていたもので、その裏に多くの怒りも悲しみも苦しみも含んでいたということも今ならわかる。しかし悲しいかな、何故かあの人の思い出はいつも綺麗で完全なのだ。