真理と冒涜と破滅の始まり
それは創造の父である神か、破壊の覇者である魔王か
ダイーズにとって、それは存在し得ない絶対の力を持つモノであった。
『アイツ、とんでもない力です・・・王子、逃げてください!』
よく見知った顔の血塗れの従者が、そう言った。
告げられると同時に、飛び出した。
自ら兵を率いて城を後にしたダイーズを襲ったその感情は、まるで今まで触れたことのないものだった。
純白とも言える布に覆われた体
それに似つかわしくない破壊行動
薄笑いを浮かべた口許
それに似つかわしくない、漆黒の瞳
布を翻し部下の息の根を軽々と止めていく彼に抱かざるを得なかった恐怖の感情は、それでもどこか純粋なものではなかった。
体中が危険を察知しながらもまるで時が止まったように感じたのは、確かにその存在に目を奪われたから。
「お前が、この星の王子か?」
そうだ、王子とは、まさに俺のことだ―――
漆黒の瞳が自らを射った時、その言葉が音として空気を震わすことはなかった。
彼の率いる親衛隊とも呼ばれる軍隊はダイーズが育てたとほぼ変わらないもので、この星で最も力を持つとされていた。
育てた彼自身そのことは疑っていなかったし、また疑うまでもなくそれは真実であった。
それを。
――ソレを、たった数秒で、壊滅させたというのか。
「・・・・なるほど、聞いた通り・・・俺とそう変わらない年端だな。」
「!?」
突然目の前にふわりと降り立った男にダイーズの意識は現実へと引き戻され、反射的に後ろへ飛び退いた。
「さすが、なかなか身軽だな。あの兵を育てたのはお前か。」
「去ね!!」
ぐっと掌に意識を集中させ、一気に気を放つ。
「・・・・・効かねぇな。」
片腕でそれを防いだターレスは、ふ、と間合いを詰め勇ましい王子の瞳を覗きこんだ。
「悔しいか?」
「ぐあぁ!!」
至近距離で先ほどとは比べ物にならないほどの気を放たれ、ダイーズの体はぐらりとその地へ倒れこんだ。
「たった一人の男に、星を潰され、手塩をかけて育てた部下を殺され・・・悔しいんだろう?」
「ぐ、ぁ・・・・」
心臓が押し潰されそうになったのは、背中を踏みにじられたからだけではない。
あまりにも的を得た彼の言葉に、まるで血が逆流するような、悔しさ。
それから、沢山の絶望と。
「どうする、このまま心臓を潰されて死ぬか?」
「、っざけ・・・・な、」
「そうか、殺される気はないか・・・・」
予想通りだ、とターレスは笑う。
「気に入ったぜ。そんなに生きたければ命乞いをしてみろ。そして俺に忠誠を誓え。」
「何、・・・・ぐあぁっ、」
「どうした、死にたくねぇんだろ?」
「・・・・・っ、」
握り締めた拳の中に、決して離さぬよう王子としての誇りを閉じ込め
そして――――
「・・・・私、貴方は自ら彼の仲間になったんだと思ってた・・・・・」
目を丸くしながら、囚われの少女――は、言った。
「私はあなたたちを詳しくは知らないけど・・・・少なくとも、私が知る限り貴方はターレスの一番の忠臣のようですもの。」
「もう何年も前の話だ。今はあんたが言う通り、あの方は間違いなく俺の主だ。」
は理解できないのだろう、口にこそ出さないが表情がそう物語っている。
「事実、あの方は強い。誰よりも何よりも・・・・あんたにはわからないかもしれないが、長く側に支えるうちにあの方に忠誠を抱くようになるのにはそれで十分だ。
・・・・例え、母星を破壊されたんだとしても。」
握り締めた拳の内に閉じ込めていたものが、誇りから忠誠心へと姿を変えたのはいつのことだったか。
『タ―レス様』とその名を口にする度、あの日見たあの絶対者の存在を心に刻みつけるようになったのはいつからだったか。
「時々、自分でも不思議に思う・・・が、あの方が俺の主であるということには変わらない。」
「・・・・そうね、憎みながら側に支えるよりは、ずっと良いのかもしれないわね。」
人の心とは、何と不確かなのであろう。
だが或いは、それもまた人の強さなのかもしれない。
過去の憎しみを捨てタ―レスに忠誠を誓うダイーズには、どこにも陰は見当たらないのだから。
理解はできないがそれもまた間違いではないのだろうと肯定したをダイーズは静かに見下ろした。
「・・・・さぁ、もういいだろう。あんたもいつまでもこんなところにいないで部屋へ戻れ。」
「そうね。ごめんなさい、相手をさせてしまって・・・・お茶、ありがとう。」
残りは部屋で飲むつもりなのだろう、まだ幾分か中身の残っているカップを手に持ち、まさに不幸と呼ぶべき少女はそれでもそんな素振りを少しも見せずに部屋へと戻って行った。
(妙な女だな。)
彼女は、似ている。
射抜くような瞳で前を見据えながら生きていく主にも、母なる星を滅ぼした相手に危険を顧みず立ち向かっていった過去の自分にも。
妙な女だ、と思いながらもダイーズがの相手をしてしまうのには、元より自分が彼女の『世話役』を引き受けていたことよりも、そのことの方がずっと関係していそうだ。
「・・・・が、敵と見なすべき相手と呑気に茶を飲み交すその神経は理解できんな。」
やはり、今の自分にとっての主は―――例え過去に残酷な仕打を行った張本人であっても―――彼一人だけである。
いつのまにか、それは揺らぐことのない、一種のダイーズの存在理由にもなってしまった。
何故ならダイーズにとってのタ―レスは、神よりも神聖で魔王よりも邪悪な、唯一の力を持つ絶対者だから。