百戦錬磨の貴方が発した言葉だから、大したことはあっても深い意味なんてなくて
何言ってんの、口説いてくれてありがとうって、軽くあしらってしまうが術なのに。
そんな表情で言われたら、どきどきしちゃうよ。
零 れ た 音
「凄いね、何回見ても魔法みたい。」
神殿の段差は最近は私の特等席になりつつある。
そこにちょこんと座って、空中での修行(本人曰く『単なるじゃれ合い』らしいけど、私から見ればあれは立派な修行だ)を終えたベジットとゴジータの二人が降りてくる様子をじっと見詰める。
ゴジータは地に足をつけるなりするりと私の横を通り過ぎて行った。恐らくシャワーでも浴びるんだろう。
「後で茶と菓子を用意する」なんて、少し無愛想ながらもしっかり丁寧に伝えてくれるところが非常に彼らしい。そしてそんな彼らしさには非常に好感が持てる。
「魔法?何だそりゃ。」
「え。魔法・・・知らないの?」
あぁ、とぶっきらぼうに頷いた彼は、あぢーとか何とか唸りながら私の横に腰を下ろした。
「魔法・・・えぇっと、魔王の魔に法律の法・・・・あ、いやこれじゃ大分意味が違うか。」
「何言ってんのかわかんねぇよ。」
魔界の法律は魔王そのものだろと少し見当違いの突込みを頂いて、それでもあぁそれもそうかなんてしっかり納得してしまった。
「一般的に、人間が理解できない超常現象みたいなもんかなぁ。」
「超能力、ってやつとか?」
「近いといえば近いかな。指してる現象は似たようなもんだよ。・・・・多分。」
ふーん、とか何とか。少しは納得してくれたのかな。
「なら魔法使えば空とか飛べるわけ?」
「あーそうそう。でも大抵の魔法使いはほうきで空飛ぶんだよ。」
「・・・・何かだせぇ。」
「魔法はねぇ、良い力もあれば悪い力もあるってのが定説。空を飛んだり、物の形を自由に変えたり。誰かを綺麗にすることもできれば醜くすることもできる。
ただの町娘を綺麗なお姫様にすることも出来れば蛙にすることも出来るんだよ。」
「俺らの遊びのどこがそれっぽいんだよ。」
「要するにあんたらのお遊びと称した修行は私の理解の範囲を超えてるってことよ。」
そこだけじゃねぇか、と本日二度目のなかなかの良い突っ込み。ベジットも人間との会話の飾り方を大分身に着けてきたようだ。
これはうかうかしていられない。私ももっと高度なボケを身に着けなければ。
「お前だって空ぐらい飛べるじゃねぇか。俺様のおかげで。」
「それはまぁ、そうなんだけど・・・ちょっと違うんだよ。自分で飛んでるのも気持ち良いけど、ベジットに抱えられて初めて空飛んだときのあの感覚は一生忘れられないよ。」
それは多分、町娘どころか蛙が魔法でお姫様になった気分だと思う。
呟いた私に、わかるようでわかんねぇなとベジットが呟いた。
そこでちょうど、ミスターポポがお茶とお菓子の用意が出来たと知らせてくれた。
「おい、」
後日。
何気なく発した言葉だったから、私は魔法についてベジットに説明していたことなんてもう殆ど忘れかけていて。
ベジットが突然『俺らは杖とか使わねぇんだけど』と言い出したときは何のことかわからなかった。
「何・・・・急に。」
「アレか、世間は魔法ブームか?俺が下に行くとやたら魔法に関するもんが目に入ってくんだけど。」
「えぇ?別にそんなことは・・・・・・・・・・・・あるかもしれない。」
そういえば、先日公開された魔法映画が大ヒットしている最中だわ。
街は魔法一色・・・とまではいかないけれど、いつもよりは、魔法(あくまで偽物の、だけど)に溢れていると思う。意識してるから余計耳に入ってくるんだろう。
今日は気分も気候もそこそこ良い。いつもの特等席に座り込む、というよりは寝転がっているような状態の私の隣に、ベジットは先日と同じように腰掛けた。
「俺は魔法について知る度、お前と世間の間に認識の差があるように思えて仕方ねぇよ。」
「いやほら、私が魔法みたいって言ったのはあくまで感覚的なものだから・・・何かあの華やかな感じとかがさ。
ベジットたちって色々不思議も多いし、魔法の一言でもなきゃ納得いかないっていうか説明がつかないのよ。私の足りない頭の中じゃ。」
「俺からすりゃお前の方がよっぽど・・・・」
斜め下から見上げる格好なせいで、ベジットの表情はよく見えない。
でも少し難しいような表情をしているような気がして、ここで途切れた言葉の続きはきっと聞くことはないだろうなと思った。
「・・・・・・とりあえず、餓鬼は魔法に対して良いイメージを持ってるっつーのはよくわかった。」
ほら、やっぱり。続きを言う気はないらしい。
催促しても無駄だということはわかってるから、私もいちいち催促しないけど。とりあえず、出てきた次の話題に話を合わせる。
「こどもは純粋だからね。」
「それこそ、華やかできらきらしたもんが見えてるんだろうな。魔法ってもんの中に。」
ふ、とベジットが私を見下ろすような視線を寄越した。
と思ったら、ゆっくり、ゆっくり・・・・・・・・・・・・・・・え?
「え、ちょ、何!?」
よりいっそう濃くなった影が私の上に重なる。
重なったのは影だけじゃない、ベジットの実体そのものが今私の上に重なりつつある。
頭の横に手、真正面に顔。逃げ出したいのに逃げられない感覚は何度味わっても慣れない。
正直、修行中に追い込まれたとき以上に緊張する。
あわあわしているとベジットの影がゆっくり動いた。
「こんだけ日の下にいてもあんま焼けてねぇし。」
す、と大きな手で頬を撫でられて
「髪も傷まねぇし。」
ゆっくり何度か髪を撫でられて。
「女なんて山ほどいるっつーのに・・・・お前だけ、魔法でもかけられてるみたいだな。」
・・・・・何てことを、言う、んだ。この男は。
どこでそんな口説き文句覚えたの?なんて聞ける筈もなく。
恥ずかしい。頭に浮かぶのはこの五文字だけ。
だけど今のベジットはいつもの軽口を叩いてる風でもなくて、その表情からあまりにも何も読み取れないから、私は動くことが出来ない。
「・・・・・・・って、何言ってんだ俺。」
「え、あ・・・っ、」
ゆっくり身体を起こしたベジットを反射的に捕まえてしまった。
「え、えっと・・・・」
驚いたような顔のベジットの視線が痛い。
「あ、・・・・・・ありがとう。一応、褒めてくれたんだよね?」
ふ、って、ベジットはちょっとだけ笑って。
影よりもずっとしっかり、実体が重なる。
心臓がどきどきうるさくて。
唇に触れた暖かい感触を味わうよりも、このキスで魔法が解けてしまわないことをひたすら祈った。
(貴方のことが好きだから、貴方の前では魔法のかけられた女の子でいたい。)