―――別に。
別に。
助けることが出来るのか、とか
助けてから、それであの子はどうなるのか、とか
本音を言えば、そんなことはどうでも良かった。
ただ生きて欲しいと、助けたいと、助けなければならないと
それが正しいとか正しくないとか容易いだとか無謀だとか、にとってはどうでも良
かった。
それで、助けることが出来ず、あの赤子は死んでしまった。
『目の前の真実にすら気付かない奴に』
そう、言ってしまえば真実はそれだけだった。
あの子は死んだ。
あの子は死んだ。
目の前で、腕の中で、あの子は死んだ。
頬を突き刺す風が冷たいのは流れる涙のせいか、それとも。
囚われざる者Z 『冷』
『神精樹は根付いた地の養分を吸い尽くし成長する』
一度だけ聞いたことがある、ただそれだけの知識。
けれどそれがどんなに残酷で悲しい性であるのかも、知っていた。
その樹の下に、は赤子の体を埋める。
あまりにも冷たくなったその体はまるで現実のようで、それでもそれを手放すことなど出来なくて。
「・・・・ごめん、ね。本当は、この地の木の下が良かったんだけど・・・・神精樹が、そのうちみんな枯らしちゃうから。」
だからこれからは神精樹に守ってもらってね。
そう呟いて土を被せ、そこに手をつき俯く。
ぽたり、ぽたり
少し湿った土の上に、幾つもの水滴が落ちる。
「ごめん・・・ごめんね・・・・・」
守ることが出来なくて
助けることができなくて
ごめんなさいしか言なくてごめんなさい。
「ごめ、なさ・・・・っ」
手をついて地に体を近付けて、泣いた。
どうにもならないと知りながら、声を上げて、泣いた。
***
感情がないと思ったことはない。
笑う顔、悔やむ顔、蔑む顔、怒る顔。
長く仕えてきた彼は、主の様々な表情を見てきた。
感情がないと思ったことはないのに、こんなにもわからないのは初めてだ、と、ダイーズは思った。
「・・・殿?」
『あの女なら赤ん坊抱えたまま逃げて走ってったぜ』
仲間からそう聞いた時、事態はある程度予測出来た。
その赤子が今はもう生きていないだろうということも。
だから、赤く染まった腕で赤い赤子を抱きながら赤が広がった地に蹲っているを見つけたたときに何故『予想外だ』と思ったのかは分からない。
「・・・埋めてやると良い。」
顔を上げたの瞳が自分のソレを捕える。
途端、まるで現実へと引き戻されたかのように赤い瞳が黒く戻った。
(・・・・それならば、いっそ。)
いっそ、現実になど戻らぬ方が良かったのかもしれない。
たった数時間を共にしただけの赤子の死をこんなにも哀しむ彼女は、いずれこの死を乗り越えたとき自らが奪った命の重さに気付くだろう。
それはいつまでもどこまでも彼女の足枷となり、彼女は一生許されずに生きるだろう。
自分に、一生、許されることなく。
現実とは、真実とは、唯唯残酷なだけの純物だ。
ゆっくりと立ち上がり赤子を埋めに向かうの後ろ姿を見つめながら、そう思った。
とうの昔に硬く変化した心はそれでも少しも痛まなかったが、ただ、そう思った。
(あぁ・・・・そうか。)
彼女が生かされていることが、予想外だったのだ。
弱肉強食
服従か滅亡か
それがこの世の全てだと知っているダイーズは、だからこそ彼女が生かされていることが。
彼女を殺さない、ターレスが。
***
(あ・・・・)
地が脈打つのを感じて、は体を起こした。
早くも神精樹は根を伸ばし始め、既にいくらかの生命は奪われている。
それは、とても残酷なのに、とても美しく見えた。
(・・・・・・・・・え・・・・?)
はっとして、立ち上がりゆっくりとその太い幹に腕を伸ばす。
そのまま幹にもたれかかり耳を当てると、心地良い木の鼓動を感じた。
(お前・・・・・)
―――泣いているの?
「・・・・・少しは気が済んだか。」
背後からの今最も聞きたくない声に、は顔を顰めた。
「お前が怒るのは何度も見てきたが、女にそんなあからさまに嫌そうな顔をされたのは初めてだな。」
「何を、しに来たの。」
声が震える。
今この男を視界に入れれば、自分が何をするかわからない。
「実を取りに来た。」
相変わらず淡々と言葉を発してから、ターレスはがり、と硬い実を噛んだ。
「埋めてやったのか。」
「・・・・・・・・・・。」
「お前、アレを助けてどうするつもりだった?まさか共に連れていく気だったわけじゃねぇだろ。」
「・・・・・少なくとも、生きられる環境には置いてあげたかったわ。」
「はっ、偽善だな。」
吐き捨てて、何かに気付いたかのようにのピアスに触れた。
「っ、触らないで!!」
息を吐く度に涙が幾粒も零れ落ちる。
これ以上言ってはいけない。
その権利すら自分にはないのだとわかっているのに、涙で前が見えなくて、暴走してしまう。
「貴方は・・・・貴方は、生きることを何だと思ってるの!?」
放った言葉は、あまりにも重く。
それは彼だけに浴びることを許された罵声ではない。
自分こそが、その罵声を浴びなければならないのだ。
わかっている、のに。
「・・・・・・俺が聞きてぇよ。」
「っ、」
ぐっと両手首を捕まれ、幹に押さえ付けられる。
「お前こそ、あれだけの数を殺っといてよくそんなことが言えるな。
この星の奴らを助けるために、一体何人を殺した?」
「――――――、」
「それが偽善だ、って言ってんだ。結局、俺もお前もやってることに違いなんてねぇんだよ。」
―――覚えている。
消えていく、消えていく、死んでいく。
目の前で大切な人たちが消えていく。
圧倒的な力の前に屈する他に道はく消えていく。
この瞳が捕え脳が敵だと認識したものが消えていく。
この手から奪われ、この手が奪い、死んでいく。
この瞳が、手が、私が。
「お前がどこで何に罪悪感を感じてようが俺の知ったことじゃない。
だが、それ故に俺が責められるのは不快感を禁じ得ねぇな。」
目の前の闇のような瞳と、血のように赤い自分の瞳に一体何の違いがある?
「いつまで気付かねぇふりをしてるつもりだ。
・・・・お前は、人を殺さなきゃ生きていけねぇんだよ。」
根に侵された地の下で、赤子の泣き声が聞こえた気がした。