真っ暗闇ならまだその方がどれだけ良かったか。
薄暗い部屋で瞳を開けた時、あぁ遂に自分はそんなにも病んでしまったのかと気付いた。
「おはようございます。」
―――美しい男だ。
薄暗い部屋の中でも十分に分かるほどに、美しい男だ。
「勝手に入ってしまってすみません。外から何度か声をかけたのですが・・・・」
声をかけられても目を覚まさないほど熟睡していた、ということか。
(油断しすぎだわ。)
失態に軽く溜め息をついてから、は青年の背中に目をやった。
(あれ・・・・?)
確かに、昨日まではあった筈だ。
それは携えているというより同化しているように見えたから、そこに無いことが酷く不自然に思えて。
「あぁ・・・・剣ですか?」
寝起きのの素直な視線に気付き、トランクスは尋ねた。
「あ、はい・・・・ごめんなさい、」
そんなにも視線に出ていただろうか。
はバツが悪そうに謝った。
「寝起きからあんなものを見せられたら不快でしょう?それに、寝首を掻くつもりかと誤解されても困りますし・・・・」
少し冗談混じりなトランクスの言葉には面食らって、それから、頬の筋肉を少しだけ緩めた。
久しぶりに穏やかだと感じた、朝。
囚われざる者\『知』
『ついてきて下さい』
そう言われて素直についていく自分で良いのかと迷ったが、どちらにせよあの部屋に一生いるわけにはいかないのだ。
彼が敵か味方か見定めるためにもと、は自分に言い聞かせて素直に従った。
「こちらです。」
トランクスに案内された先には、食事の乗せられたテーブル。
席につかされ『どうぞ』と言われたものの、は困惑しっ放し。
思わずトランクスは『毒は入れていませんよ』と笑う。
「すみません、」
「当然のことです。悲しいことですが・・・・貴方は、それぐらいの方が良い。」
目を伏せ悲し気に微笑んだトランクスに自らの境遇を改めて思い返して、はいただきますと小さく口にした。
「・・・・猫?」
ふと目に入ったのは、ドアの前で行儀よくじっと座っている黒猫。
彼が飼っているのだろうか。
猫の視線はまるでを定めているようでもあった。
「俺の相棒です、とでも言っておきましょうか。」
「相棒?」
「生き物の気配がないでしょう?此処は。彼女は唯一、俺が側に置くことを許された存在なんです。」
「・・・・名前は?」
「名前は・・・・」
トランクスはゆっくりと唇を動かして、言った。
「名前は、。といいます。」
は微動だにせず、ただずっと来訪者を見つめていた。
――――見つめていた。
ターレスは、じっと。
ダイーズが声をかけるか否か迷うぐらいに、ただじっと。
「ターレス様、は?」
「さぁな。」
「さぁな、って・・・・それに、あの男は、」
「ダイーズ。」
ダイーズの戸惑いも見えていないかのように、ターレスはすっとある一点を指差す。
「何が見える。」
「は?」
顔を向けてじっと見つめるも、そこには木々が立ち並ぶばかりでターレスが目に止めそうなものは何もない。
「何も、見えませんが・・・・」
「・・・・・そうか。」
一体どうしたと言うのか。
いつもと違う雰囲気を纏うターレスに戸惑いを隠せないまま、ダイーズははっとしたように口を開いた。
「ターレス様、それで、は・・・・」
「放っておけ。」
「放っておけ、って・・・・ではあの男も?」
「そうだ。」
何の躊躇いもなく言い放つ主にさすがのダイーズの表情も歪む。
いつもならここで引き下がるものの、今回ばかりはそうもいかない。船員全体に関わることなのだ。
「・・・・ターレス様、今更あなたのやることに口出しする気はありません。
しかしあの男を野放しにしたまま、を連れ戻すこともせずじっと止まることに意味を見い出せない輩が多いのも事実です。」
「だろうな。」
「わかっているのなら、」
「・・・・・見えないと言ったな。」
「え?」
「何も見えないことが何もないこととは限らねぇ、ってことだ。」
ターレスは相変わらず何も見えない林を見つめていて。
「まさか・・・・・あそこに・・・・・・?」
「他の奴らには近付くなと言っておけ。」
ふわりと空気が動いたかと思うと、ターレスは空へ向かっていた。
「ターレス様!」
「もし近付くような奴がいれば、骨を折ってでも止めてやれ!」
見えないだけで、確かにあそこに居るのだ。
そして何よりもこの惑星は侵入者に敏感で、下手に動けばまたあの赤い瞳の集団が覚醒するだろう。
今更戦闘を恐れるようなターレスではないが、今はその時ではないと。
己が求めるものを手に入れるためなら手段を選ばないターレスは、この時ばかりは戦わないという選択肢を選んだ。
生あるものを拒むという死の惑星は、人の死の上にしか立てないサイヤ人の自分には酷く魅力的で。
(楽しみじゃねぇか。)
それはそれは楽しそうに口許を歪めた。
***
(どうするべきか、)
どうするべきか、悩んでいた。
目の前の女性とも少女とも言えない人物はゆっくりと食事を口に運んでいて、時折見せる微かな笑顔にはまだ緊張こそ残っているものの、本当に穏やかで。
だから、トランクスは悩んでいた。
自分が長年待っていた、それを伝えるべき相手は確かにに違いないのに。
(・・・・俺にも、やはり迷いは生じるのか。)
いっそ敵意を剥き出しにしてくれれば、と思う。
敵意を剥き出しに自分を拒絶してくれれば、強要することも諦めることも出来るのに。
恐らく彼女は、受け入れようとするのだろう。
どんなに心と身体が拒否反応を示しても、そうしなければならないと。
彼女自身を拒絶してでも、恐らくは。
彼女に伝えることにどれ程の意味があるのかはわからない。
けれど、トランクスはそうしなければならなかった。
それは自分の意思なのか。
それは彼女の意思なのか。
―――否、きっとそれは、誰もが救いを求めるあの禍々しい神の意志だ。
そうしなければ惨劇の夜が繰り返されるのだと。本能で知っているトランクスは、伝えなければならなかった。
多くの犠牲を防ぐために少数の犠牲が払われることがどんなに馬鹿らしく辛いことであるかを知っていながら。
自分の背負う真実がどれほど残酷で重いものかを知っていながら。
目の前の彼女なら、とかける僅かな望みは唯の卑屈な手段ではないのか。
それでも、トランクスは、決めなければならなかった。
伝えるということを、決めなければならなかった。
そうして、ゆっくりと口を開く。
「・・・・・・・・さん。食べ終わったら、貴方に見せたいものがあります。」