誓
視界に飛び込んできたのは、白い白い真っ白い天井
瞼に今も残るのは、血塗れの大切な悲しい笑顔
囚われざる者 U『誓』
じゃら、という手首から聞こえる冷たい音に、自分は捕らわれているのだと―――そして此処はあの侵略者たちの船の中だと気づいた。
同時に、夢だと信じたい、しかしそう信じるにはあまりにもリアルな地獄絵図が頭の中を駆け巡る。
「ぁ・・・・」
自分が意識を失っていたのだとわかり、の心は虚無感で満たされそうになった。
ただ、最後に見た自分を産み育てた最愛の彼らや自分を慕ってくれていた人々の姿が、それよりも先に心を悲しみで満たした。
「(わかってる、泣いてる場合じゃないって、わかってるけど―――)」
突如降りかかった悲劇は溜め込むにはあまりにも重く、残酷で
は抱えた膝に顔を埋め、静かに肩を震わせた。
***
「(・・・行かなきゃ・・・)」
もう何もしたくない、何も聞きたくない、何も見たくない
けれど最愛にして敬愛した笑顔は静かに語りかけるのだ。
進め、と。
「何とかいけるかしら・・・」
幸い、両手首はそれぞれ別の長めの鎖に繋がれている。
右手を左手の鎖に翳し、暖かな光でその鎖を解いた。
「(ここでじっとしてても仕方ないわね。)」
左手で右手の鎖も解き自由の身となったは、そっと部屋を出た。
「・・・さすがに広いわね・・・」
「お褒め頂き光栄だな、お姫様。」
後ろからの突然の声に勢いよく振り返ると、そこには相変わらず口端を上げただけの冷たい笑みを浮かべたターレスが立っていた。
「さすがだな、あんな鎖を解くことぐらい造作もないってわけか。」
「どうするつもり。」
「そんな怖い顔すんなよ。心配しなくても、これ以上此処には手は出さねぇよ。」
「・・・・・・私を、どうするつもり。」
「さすが、お姫様だけあって察しが良いじゃねぇか。・・・来い。」
くくっと楽しそうに喉を鳴らしてから、ターレスはを外へと連れ出した。
「あ・・・・」
そこで目にしたのは、船を取り囲むようにして座り込む生き延びた者たちの姿。
「今朝からずっとああしてやがる。」
「みんな・・・・」
それは、彼女の一族に昔から伝わる祈りの儀式だった。
得体の知れない侵略者は彼らの心を掻き乱し深く傷つけたはずなのに、こうして自分のために祈りを捧げてくれている。
自分は皆に愛されて育ったのだと、嘗てこれほどに感じたことがあっただろうか。
「ひめさまっ!」
の姿に気づいた一人の少年が声を上げると、それに続くように皆が顔を上げ口々にその名を読んだ。
「姫様っ」
「!良かった、無事で・・・!」
に気づくや否や走り向かってきたの姿に、も思わず駆けだした。
「・・・行かせて良いんですか?」
「アイツらが束になったところで俺には敵わねぇよ。」
さして考える様子もなく、ターレスは部下の当然の疑問に答えた。
それに、元より彼女にはこの船へ戻る以外の道は残されていないのだ、と心で付け加えて。
「姫様こそ、ご無事で何よりです・・・っ」
の無事な姿に喜ぶ民に囲まれながら、は彼女が眠っていたこの一日のことを話した。
地下に匿われた幼子や母親は皆無事であったこと、地上で戦った者も三分の一は生存が確認できたこと―――
「三分の一・・・」
「ご自分を責めてはなりません、皆貴方の無事を心から願い心から喜んでいます。」
―――それから、奴らは貴方と引き替えにこの星から手を引くと言っています。
「・・・予想通りね。」
「戦いましょう、貴方や皆のおかげで相手の損失もかなり大きいはず・・・皆もそのつもりでいます。」
「それは、駄目よ。仲間を殺されたのは彼らだけではないわ。」
「しかしっ、」
「・・・・・・・・・・もうこれ以上、此処を血で汚したくないの。」
突然の悲劇に彼らはもう十分傷ついたはずだ。
戦闘民族に勝らずとも劣らない能力を持つ一族とはいえ、何も戦闘を好むというわけではない。
この豊かで清浄な地を血で汚すのは、何より自身が耐えられなかった。
「ではどうすればっ」
「私が、行くわ。」
凛とした声で発せられた言葉に、は我が耳を疑った。
「な・・・何・・・・?」
「大丈夫、きっと彼らは私を殺すことはできな、」
「・・・・駄目だ・・・・っっ」
突然の抱擁に、の言葉は途切れた。
「お願いです、私たちには・・・私には、貴方が必要なんです・・・」
「、」
「きっと勝てます。だから、お願いだから・・・!!」
初めて見る必死な彼の姿に昨日の自分を重ね、ずきりと胸が痛み目を閉じた。
しかし此処で甘んじては傷つくのは自分ではなく彼らなのだと、必死に自らを奮い立たせた。
「・・・ごめんなさい、。お願い、これが私の最後のわがままだから。」
「駄目ですっ」
―――まるで、昔のようだ。
こんな時にも関わらず、ふと昔よく交わされた彼とのやりとりを思い出した。
あの時のように、自分を咎める父や母の優しい笑顔は失われてしまった。
城を抜け出しては遊んでいた自分に差し出された暖かく大きな手も、沢山、奪われた。
「、聞いて。」
「もしもこれ以上、此処で犠牲者が出れば・・・・私は、私を一生許せなくなるわ。」
姫として、何より此処に生きる人として
自分を制する彼の手はとても優しくて暖かいけれど、それに甘えるわけにはいかなかった。
「これが、最後。この地を汚したくないという、私の最後の我侭だから。」
気高く微笑むを見て、は一度唇を噛み締め―――それから、そっと腕を解いた。
「・・・姫様、これを。」
「これは?」
「王家に仕える私たちには、代々これをお渡しする役目が授けられていました。」
自らの左耳から外したピアスを、はそっとに握らせた。
「貴方がこの星の真の主となった時、これは貴方の手に渡るのだと・・・中には神木の種が入っていると聞いています。」
「・・・・ごめんね、ありがとう・・・・。」
はピアスを握りしめ、もう一度を抱きしめた。
「どうかお忘れなく。私たちにとっての主は今もこれからも、ずっと貴方なのです。」
どうか、どうかご無事でお早いお帰りを―――
「大丈夫、今まで何度もの言いつけを破ってきたけど・・・ちゃんと今も無事に生きてるでしょう?」
「本当に・・・姫様は今も昔も私の言うことを少しも聞いて下さらない。」
はそっとその場に膝まづき
「どうか、御武運を。」
それは、あの時と変わらぬ言葉。
けれどその目に映るのは絶対の絶望ではなくて
「父上、母上、そして愛する貴方たちのためにも―――必ず、此処へ戻ることを約束します。」
――――だから、だからどうか、今は全てを置いて行ってしまうことを許して下さい。
最後に自分が愛したモノをもう一度その目に映し、は侵略者の元へと戻って行った。
「言った通りだろ。」
振り向くことなく船へと戻ったに、先程疑問を投げかけた部下に対しターレスは何一つ変わらぬ様子で言い放った。
「約束よ、早く船を出しなさい。」
「戻って来ようなんて甘い考えはとっとと捨てるんだな。」
「・・・・貴方には関係ないわ。」
「そう悪態ついてられるのも今だけだぜ、お姫さん。」
離陸する船を、皆が見上げている。
もまたそんな彼らを広い窓からじっと見つめた。
「(さようなら、みんな・・・)」
やがて彼らは見えなくなり、緑の星の輪郭が見え始める。
とてもとても美しい、星。
生まれ育った、何よりも守りたかった、豊かで暖かく優しい星。
「――――っ、」
泣かないと決めたのに
守れなかった私には泣く資格なんてないのに
もう最後かもしれない美しい緑が、涙でぼやけて見えなくなる。
「・・・・・・ふ・・っ・・・」
ターレスがその瞳に暖かな碧を冷たく映し出す隣で、は崩れ落ちて涙を流した。
く ら い 。
ついでに寒いのは今更なのでもう言いません。えぇ、これは寒い話です。
ようやくタレさんと旅に出ます。やっとタレさんをもう少し話に出せる・・・と思います。いや、思うじゃなくていい加減出さねば。
突然故郷を離れないといけなくなった悲しさというかやりきれなさを出したかったのですが、果たして上手く表せているのかどうか。
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