ぎ ゃ あ あ あ あ ぁ ぁ あ 







―――夢を、見た。

とても暖かくて、とても冷たくて、残酷な。
まるで脳が引きずり出されるような、夢。

(狂乱の叫びでの目覚めほど不快なものもない、かな。)

窓から薄暗い外を眺めながら、青年はゆっくりと体を起こした。



『どうして』



夢の中で、ずっと、気が狂いそうなほどに問いかけていた言葉。
誰がそう思っていたのかはわからない。誰がそう問うていたのかはわからない。
自分なのか、他者なのか。
わからないが、その夢の暖かさも冷たさも、自分の記憶により引き起こされたものでなければこれから起こる予兆というものでもないことを青年はよく知っていた。
だから、冷たい床に足裏をつけた瞬間に、全てがその冷たさに流れ溶け込んでいったような気さえした。


(・・・・弔うことが出来るのは、俺だけだからな。)

先程のあの叫びは、夢の中の物ではない。

この地が地獄とも呼べる地であることを知っていながら訪れたのであれば、唯の愚者としか言いようがない。
しかし知らずに辿り着いてしまったのであれば、それはあまりにも残酷であっけない終わりだ。


青年は扉を開け、最早生きてはいないであろう訪問者の元へゆっくり飛び立った。


空は、今日も灰色だ。











囚われざる者 Y 『霞』













「あぁ・・・・!!!」

燃え盛る炎も気に留めず、は声の主の元へと走り寄った。

「何て酷い・・・・」

母親と思わしき女性が赤子を守るように抱き転がっていた。
転がって、いた。


(惨いことを・・・!)

怯えながらも我が子を守ろうとする母親を、笑みを浮かべながら嬲り殺す彼らの姿が目に浮かぶ。
そんなにも簡単に情景を浮かばせることの出来る自分にさえ嫌気が差した。


「おいで、」




死に絶えた母親の腕の中で泣き喚く赤子を抱きかかえる。




『もう大丈夫』

咄嗟に出てくるはずの言葉すら、今のは口にすることが出来なかった。











「うわああぁぁっ!!!」
「気をつけろ、一対一じゃ無理だ!!」



―――誰だ、アイツは。


その場にいた誰もがそう思った。そう思わない者は誰一人としていなかった。

『アイツ』とは、に他ならない。
つい先日主であるターレスが気まぐれに連れてきた、瞳を赤く変化させる、女。

けれど、けれど。



「今だ、行くぞ!!!」

は赤子を抱えている。
ほんの一瞬見せた隙をついて、一斉に向かっていく。

彼らの頭には卑怯だとか姑息だとかいう言葉は浮かばない。

従わないから、戦う。
それが好きだから、戦う。

唯それだけである。



「・・・・・っ、触れるな!!!」



そう叫んだ途端、まるで何かが爆発したかのように辺りに光が広がる。
男たちには叫ぶ間すら与えられない。



(アイツ・・・!!)

主が連れてきた、女。
吐き気がするほど偽善的な、女。
血の瞳を持つ、女。



けれど、けれど



―――彼女はこんなにも強かっただろうか。





***



「はっ、」

ようやく男たちの姿が見えなくなった頃、見つけた大木のふもとに膝をついた。



「ちょっと、待ってて・・・・」

びっと服の裾を破り、すぐ傍の泉にそれを浸す。

「ちょっと冷たいけど、我慢してね。」
「ぁやあ、」

煤と血で汚れてしまった顔を拭ってやると、冷たさが心地良いのか赤子はきゃっきゃと声を上げた。

思わず頬が緩む。
その動きがやけにはっきりと感じられて、そういえばここ数日はこんな風に笑っていなかったのではないだろうか、と思った。


「・・・・良くない、ね。」


生きねばならない
生きて生きて生きて生きて、帰らねばならない。

けれどこんなにも血で穢れてしまった自分は、例え無事に帰還を果たしたとしてももう二度と大切な彼らを抱きしめることは出来ないのではないかと思う。

だから、あの星で育ち誰よりもあの星を愛している姫だからこそ、そう思う。


「・・・ん?」


不意に、小さな手がの人差し指をぎゅっと掴んだ。
赤子は指を握ったり離したりしながら楽しそうに遊んでいる。

はもう一度、久しぶりの笑みを浮かべた。







「随分楽しそうじゃねぇか。」






一瞬にして空気が凍るかと思うほど、冷たい声。
しかしは動じずに、ゆっくりと後ろに立っている男を振り返った。


「・・・・何を、しに来たの。」
「はっ、そりゃこっちの台詞だ。お前こそ、何をしている。」

は赤子を抱えたままゆっくりと立ち上がり、赤い瞳で以って睨むでもなく唯目の前の男を真っ直ぐに見つめる。

「よくもまぁ、そんなモン連れたままでアレだけ殺れたもんだな。」



ほんの少し気を巡らせれば、すぐに嫌というほど死の匂いが漂ってきた。
自分が作り出したその空気に、は僅かに顔を顰めた。


「ソレをどうするつもりだ。」
「貴方に答えて何になるの?」
「・・・・それもそうだな。」


どの道、この先なんてソイツにはねぇんだから。



「!!!」

一気に高められたターレスの気に、はぐっと拳を握り締める。

見開かれた目に映ったのは、冷たい冷たい、破壊の笑顔。






***


「うあぁっ!!!」

吹き飛ばされ木に背中をぶつけた衝撃に耐えることが出来ず、そのままずるずると地に尻をついた。

「戦闘力が上がったとはいえ・・・・まだこんなもんか。」

面白くねぇ、と相変わらずの腕に抱かれたままの赤子を見下ろした。

「お前・・・・自分のやってることがわかってんのか?」
「も、いいでしょう!?この子は、この子だけは・・・っ」
「・・・・偽善、だな。」


ターレスは右腕での細い首をぐっと木に押し付ける。
それから、左腕をそっと赤子の上に置いた。



「ゃ、め、・・・っ、」

首にかけた腕に更に力を込められ、上手く空気を吸い込めずひゅうひゅうと音が漏れる。
意識が朦朧とする中、それでもは赤子を抱く腕に必死に力を込めた。

尋常ではない威圧感の中で、赤子は泣くことさえ忘れているようだった。


「た、れ・・・・、やめっ、」
「お前に、何が守れる。お前に―――」










「生まれながらにして殺戮の能力を授かったお前に、何が守れる?」







ド ン









「あ・・・・・」







光が、穏やかな光が、赤子を貫くためだけに生み出された光が。








見開かれた瞳に、が最も忌み嫌う光景が映った。





「あ・・・・ああ・・・・・!!」


どろどろと流れ始めた赤い液体と共に、その命までもが流れ始める。



赤子が、抱いている手が、腕が、地が、赤く染まる。







「お前には、守れやしねぇ。目の前の真実にすら気付かない奴が何かを守れるほど―――世界は生温くねぇんだよ。」




震える手で顔を撫でても、頬に手を添えても

赤子は目を開けない。

ターレスの光を受けた赤子は、二度と、目を開けない。






「あああぁぁあああ!!!!」





辺りに漂うのは、その匂い。

目を塞いでも、例え耳を切り落としたって逃げることの出来ない、死の真実。







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